瀬戸熊直樹 ”卓上の暴君”と呼ばれる最強雀士
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瀬戸熊直樹 ”卓上の暴君”と呼ばれる最強雀士

瀬戸熊直樹プロは、所属団体である日本プロ麻雀連盟最高峰のタイトル鳳凰位を三度獲得、プロアマ問わず幅広い雀士が参加する竹書房主催の大会"最強位"を二度獲得するなど、今まで数多くのタイトルを獲得してきたレジェンドクラスの麻雀プロです。Mリーグには初年度からチーム雷電に所属し、人気実力共に麻雀界を代表するトッププロとして活躍する瀬戸熊直樹プロについてご紹介します。

“卓上の暴君”瀬戸熊直樹プロについて

プロフィール

  • 名前:瀬戸熊 直樹(せとくま なおき)
  • 生年月日:1970年8月27日
  • 出身:千葉県八千代市
  • 学歴:東京経済大学
  • 血液型:O型
  • 好きな物:海外ドラマ、漫画・アニメ、コーヒー
  • 所属団体:日本プロ麻雀連盟(14期)
  • Mリーグチーム:TEAM RAIDEN/雷電
  • X(旧Twitter):@setokumanaoki
  • ブログ:瀬戸熊直樹オフィシャルブログ Powered by Ameba

瀬戸熊直樹プロと言えば、攻撃的な雀風から"卓上の暴君"という二つ名がついており、親番で連荘し手の付けられない状態になると"クマクマタイム"と呼ばれます。

"卓上の暴君”という名前がついたのは、2006年の第14期發王位で優勝した時のことがきっかけで、1日6半荘勝負の決勝戦、瀬戸熊直樹プロは三連続でラスになり、別の選手が3連続トップ。優勝するには絶望の状況の中、後半の残3半荘でトップになり、見事逆転優勝を果たします。その試合を片山まさゆき先生が漫画にし、それがもとで「暴君」という名前がついたそうです。

そして、麻雀のなかでツイている時間を作為的に作るように工夫し、まさに暴君といった破壊力で親番に爆発することが増え、それを期待した視聴者たちから"クマクマタイム"と呼ばれるようになりました。(瀬戸熊プロに聞いちゃえ!(6) 卓上の暴君!クマクマタイムの誕生)

ここぞと言う時にツモアガりした際に、牌を卓に叩きつけるような豪快な仕草は"トルネードツモ"と呼ばれており、瀬戸熊プロのトレードマークとなっています。

座右の銘は、自分の心に克つという意味の「克己心」という言葉で、これは小学生の時に通っていた剣道の道場で掲げられているのを目にして、その意味を調べてたところ、子供心にそれが響いたそうです。

日本プロ麻雀連盟の理事についており、連盟が主催する30歳以下の男性プロが出場資格を持つ「若獅子戦」、30歳以下の女性プロが出場資格を持つ「桜蕾戦」の発起人となるなど、麻雀界の発展にも貢献しています。

会社員を辞めてから、1日の終わりに「良かったこと」「悪かったこと」「明日の目標」をそれぞれ1行ずつ書く「三行日誌」を毎日続けることを日課にしています。また、麻雀のための体力づくりで、ランニングや柔軟体操を行ったり、Mリーグの入場時には、自分の顔を叩いてから入場するといったルーティーンがあります。

少し変わった絵心を持っており、瀬戸熊プロが書いた一索があまりに独特であったため、それが少し有名になりました。

恐妻家であり愛妻家

瀬戸熊直樹プロは暴君と呼ばれていますが、自宅では奥さんに頭が上がらず、恐妻家とも言われることがありますが、もちろん仲が良く、愛妻家として知られています。

Mリーグ初年度に放送された「熱闘!Mリーグ」で放送された密着企画では、再現VTRが制作され、給料や賞金などの収入は全て奥さんに渡しており、そこから、お小遣いをもらっている事や、23時以降にご飯を作ってもらう時は、お金を払うと作ってもらえる、といったルールがあるといった、"暴君"の二つ名からはかけ離れたエピソードを披露しました。

その後、この放送を知った奥さんから「プライベートを切り売りするようなプロなら辞めてしまえ」と言われたと、再び「熱闘!Mリーグ」に出演した際に話しています。

瀬戸熊プロと奥さんの関係は昔から有名で、以前は瀬戸熊プロのブログにも、「隊長」という名前で、奥さんがたびたび登場し、ユーモアあふれる日常のエピソードを披露していました。

ニコニコ生放送で放送されていたドリクリチャンネル内のKO麻雀という番組に2015年4月に出演した際にも、奥さんとのエピソードを話しており、「熱闘!Mリーグ」で取り上げられるはるか前から、瀬戸熊家のかかあ天下だったことがよくわかります。

瀬戸熊プロの奥さんは麻雀がすごく上手で、瀬戸熊直樹プロはフリー雀荘で門前で理牌しないで清一色をアガっている奥さんを見て、興味を持ったそうです。そして、「この人と結婚すれば鳳凰位になれる」と思ったのが結婚したきっかけだそうです。そして、鳳凰位を三度獲得しているところが、なんともすごい話です。

そして、今では麻雀において流れを重視している、瀬戸熊直樹プロですが、20代の時は流れなど一切信じていない確立しか信じない、今で言うデジタル派の雀士だったそうです。しかし、奥さんと出会い、「絶対に流れはある、勝負事に流れがないわけない」と五年ぐらい説得され、考えを改め今に至るそうです。

奥さんとは、瀬戸熊プロが麻雀プロになったばかりの、会社員として働きながらプロ活動を行っていた時に出会い、プロ一本で生活するようになった31歳の時に結婚。会社勤めを辞め、アパートの家賃も払えず、瀬戸熊プロのお父さんにお金を借りるお願いに行くと、「サラリーマンをやめたのはいいけど、奥さんひとり養えない仕事ならやめてしまえ」と言われてしまいますが、奥さんは「この人を日本一の麻雀打ちにするからちょっとだけ待ってください」と言ってくれて、心から感謝したことがあったそうです。(「三行日誌」をつけ、よく眠るーーMリーグ最年長麻雀プロ・瀬戸熊直樹「不屈のメンタル」維持の秘訣とは?より)

奥さんは瀬戸熊直樹プロの一局一局全てチェックしていて、メモを取っていて瀬戸熊直樹プロが帰ってきたらダメ出しをするぐらいです。「腕まくりするな!」とか「また髪の毛いじって!」とかそういったことも、よく怒られるそうです。例え39度の熱を出しても、瀬戸熊直樹プロの対局をチェックして、「応援してくれてるファンの為に、もっとしっかり打ちな…マイナス10点」といったというエピソードがブログの中で披露されていたことがあり、瀬戸熊直樹プロの強の理由の一つには、奥さんのサポートがあるということが、いろいろなエピソードから伝わってきます。瀬戸熊直樹オフィシャルブログ|2014年2月14日 ありがとうございました。

盟友・多井隆晴

RMUの代表であり、Mリーグでは渋谷ABEMASに所属する多井隆晴プロと瀬戸熊直樹プロは、自他ともに認めるライバルであり、盟友と言える存在です。

元々、多井プロは日本プロ麻雀連盟に所属しており(2006年に脱退)、プロ入りは瀬戸熊プロより二年先輩となる12期生で、年齢は瀬戸熊プロより二歳年下の1972年生まれと、年齢、プロ入り共に近いため、必然的にお互いライバルとして意識し合う関係になっていきました。

瀬戸熊プロにとって多井プロは、いつも少し先に進んでいて目標になる存在と語り、多井プロの活躍を見て自分も負けないように頑張るというモチベーションになっているそうです。

多井プロにとっても、瀬戸熊プロの活躍は嬉しいしモチベーションになる存在であり、自分以外の人が瀬戸熊プロを弱いと言うと腹が立つし、負けるとこんなところで負けるんじゃねぇと思う、多井プロらしい表現で瀬戸熊プロとの関係を表現しています。

多井プロが新団体設立のために、連盟を脱退せざる得ないことになった時、瀬戸熊プロは、何とか脱退しなくてもよいように連盟に掛け合ったとも言われており、実際、多井プロが連盟を脱退して寂しかったと話しています。

多井プロが連盟を脱退した直後、瀬戸熊プロは連盟の最高峰タイトル"鳳凰位"を三度獲得、多井プロは三度目の鳳凰位を獲得した瀬戸熊プロに、今度は俺が追いつく番だといった内容のメールを送ったそうです。

多井プロは、2020年に麻雀最強戦に優勝、念願だった最強位のタイトルを獲得、その一年間、瀬戸熊プロは多井プロに対し"最強位様、おはようございます"とあいさつする決まりに。そして、2021年、2022年は瀬戸熊プロが最強位を獲得、今度は瀬戸熊プロが多井プロに"最強位様、おはようございます"とあいさつすることに。

2021年に瀬戸熊プロが最強位を獲得した際には、多井プロは自身のYouTubeチャンネルで生配信をしており、瀬戸熊プロの優勝インタビューを聴くと、涙が出て配信が中断してしまう一幕もありました。

麻雀について以外はあまり口にしない寡黙で真面目なイメージの瀬戸熊プロと、YouTubeやSNSを使って多方面に発信を続け、喋りも特異で派手なイメージの多井プロ、二人は対局なタイプの麻雀プロですが、だからこそ熱いライバル関係を維持し、良い距離間を保ちながら、麻雀界を盛り上げ続けてくることができたのかもしれません。

著書

  • 麻雀 アガリの技術 (2012年5月16日、マイナビ)
  • 最強戦の魔物 なぜ瀬戸熊は連覇できたのか※共著:木村由佳 (2023年10月27日、竹書房)

瀬戸熊プロは鳳凰位を連覇し、初の十段位を獲得した、2012年5月に麻雀戦略本「麻雀 アガリの技術」を発売しました。暴君と呼ばれる攻撃型の雀風にも、攻めるための「構え」が必要である、と瀬戸熊直樹プロの過去の牌譜を参照し解説されています。「クマクマタイム」と呼ばれる、自分の時間をいかに作るか、相手の流れにしないためにどうしたらいいか、といった瀬戸熊直樹流の「流れ」の読み方、作り方についての戦略本になっています。

「最強戦の魔物 なぜ瀬戸熊は連覇できたのか」は、麻雀最強戦を二連覇した瀬戸熊プロにフォーカスした一冊で、瀬戸熊プロに敗れた選手たちにインタビュー形式で質問、それに対して瀬戸熊プロの返答を掲載しています。

数々のタイトルを獲得した最強雀士・瀬戸熊プロの経歴

連盟内では最高峰タイトル"鳳凰位"を三度、十段位を三連覇、さらに団体外でも最強位を二連覇という輝かしい結果を残してきた、瀬戸熊直樹プロの経歴についてご紹介します。

麻雀で生きていくと決めていた大学時代

瀬戸熊プロのお父さんは自衛官で転勤が多く、小学校の時4回、中学校の時3回、日本全国に渡り転校を繰り返していました。お父さんが剣道の先生だったこともあり、幼い時は剣道を習い、学生時代は野球部に所属していました。

高校は熊本県内でも有数の進学校として有名な熊本県立熊本高等学校に入学しますが、高校時代にカード麻雀が学校中で大ブームになり、野球少年だった瀬戸熊プロも、野球よりも麻雀にはまります。三年生になると、受験勉強が本格的に始まりましたが、瀬戸熊プロと友人たちは実際の牌を使って本格的に麻雀を始めようと、熊本中の雀荘に片っ端から電話して、高校生でも入れる店を探しだし、熊本大学の隣にあった雀荘"雀王"という店にいりびたるようになります。その結果、瀬戸熊プロは麻雀に熱中するあまり三浪してしまいます。

三浪の末、東京経済大学に入学、大学は四年で卒業しますが、大学時代も麻雀に熱中、卒業したら雀ゴロになって麻雀で生きていくと決めていたため、就職が有利だった時代にもかかわらず、瀬戸熊プロだけ就職が決まっていない状態でした。そこで、大学の就職指導室の先生に呼び出され、ここを受けなさいと勧められた会社の面接を受けます。面接でも大学時代麻雀しかしていなかった、得意な物は麻雀と答えてましたが、それが気に入られ合格、建築関係の会社に就職します。

建築系の会社で働き始めた瀬戸熊プロですが、入社して1年目、1998年、26歳の時に、日本プロ麻雀連盟のプロテストを受けて合格、麻雀プロとなり、サラリーマンと麻雀プロの二足の草鞋の生活を始めます。荒正義プロ、安藤満プロといった強者がいる日本プロ連盟に入り、自分の実力を試したいという気持ちと、連盟主催でアマチュアも参加できる麻雀マスターズに出場しベスト8まで残るも、プロであればシード権がもらえる事を知り、それだったプロになりたいという思うようになり、プロ入りを決めました。

定時まで働いた後、その後は麻雀を打ち、土日はリーグ戦など麻雀プロとしての活動を行う生活を送るようになります。入社して三年間経った頃、管理職に昇進する話がでましたが、麻雀プロとしての活動が制限される可能性があり、また、父親からは「石の上にも三年という言葉もあるように、三年間は頑張れ、そうしたら好きなことをしていいから」と言われていたこともあり、三年間働いた後に会社を退職。そして、麻雀プロ一本で生きていく生活が始まります。

鳳凰位を三度獲得、連盟のエースへ

今と比較して麻雀プロ、そして特に男性プロは、プロ活動だけで食べていくのが大変な時代で、最初の5年間は経済的に苦しく、麻雀プロになったことを後悔するほどだった、と瀬戸熊プロは語ります。会社を辞めた瀬戸熊プロは新宿にある雀荘の店長として生計を立てていきます。(瀬戸熊プロに聞いちゃえ!(1) 鳳凰位連覇!!その原点より)

リーグ戦はプロ入りして二年間で、CリーグからからA2リーグまでストレートで昇進を決め、順調に進んでいきましたが、A2からA1へ昇進するのに5年間かかってしまいます。その当時のことを振り返って、瀬戸熊直樹プロは、「我慢が効かない場面が多かったから。その頃から日常生活まで工夫して、本当の意味での我慢ができるよう訓練してきた、まだまだだけどね。」といったように分析しています。麻雀についてならば、「絶対に打っちゃいけない局面に、どんなに手が入っていても、打たないと決めた牌を絶対に打たないといったこと」や、「相手に対して向かっていっている時の恐怖心に対する我慢」といった『胆力』とも呼ばる、我慢の訓練を生活面も含めて心がけたと話しています。(プロ雀士インタビュー/第101回:瀬戸熊 直樹より)

麻雀プロ1本の生活になった31歳の時に奥さんと結婚、奥さんのサポートもあり麻雀の研究や麻雀に打ち込む環境が出来上がり、2004年に初めてA1リーグに昇格、その年、成績上位三名に残り、初めて鳳凰位決定戦に出場します。この時、最終日の最終戦までトップに位置するも、現在は最高位戦日本プロ麻雀協会に所属する土田浩翔プロに大逆転を決められ、惜しくも優勝を逃してしまいます。この年の鳳凰位決定戦には多井隆晴プロも出場しており、二人が連盟公式ルールで戦ったのはこれが最後であり、二人の時間がそこで止まっている感じだと、瀬戸熊プロは後に語っています。(【多井ボートの控え室】超ベテランプロにこそ答えてほしいあの質問! #9後半)

2006年には、他団体の選手も参加することができる最高位戦日本プロ麻雀協会のタイトル"發王位"を獲得し、初のタイトルを手にします。

そして、2009年、プロ入りしてから常に目標にしていた連盟最高峰タイトル"鳳凰位"を始めて獲得します。鳳凰位になったことをきっかけに、瀬戸熊プロは、鳳凰位になった自分が麻雀で食べていけるようでなければならない、と思うようになり、男性プロでも麻雀店のゲストに呼んでもらえるように、積極的に営業活動を行うようになったそうです。

ディフェンディングチャンピオンとして迎えた翌2010年の鳳凰位も防衛に成功し、鳳凰位連覇を達成します。

2011年の鳳凰位は敗れてしまいますが、その年の連盟のタイトルの一つ"十段戦"で優勝し初の十段位となります。

2012年には三度目の鳳凰位を獲得、そして十段戦を連覇、2013年は十段戦を三連覇するなど、鳳凰位を三度獲得(安藤満プロ、前原雄大プロが過去最高)、十段位を三連覇するなど、絶対王者と言える活躍をします。

Mリーグ参戦、スランプがささやかれるも、最強位を連覇

日本プロ麻雀連盟の大エースと言える存在になった瀬戸熊プロは、2016年に開催された麻雀プロ団体対抗戦である「麻雀プロ団体日本一決定戦」に連盟代表として参加、そしてMリーグの前身とも言える、サイバーエージェント代表取締役社長・藤田晋氏が中心となって立ち上げた「RTDリーグ」にも、2016年から2019年の間開催された前大会に出場しました。

そして、2018年8月7日に開催された第一回Mリーグドラフト会議にて、TEAM RAIDEN/雷電からドラフト2巡目で指名を受け、Mリーガーとなります。

Mリーグ1年目のシーズンは、自身のスコアも21人中20位となる-283.4を記録し、チームも最下位となり、厳しいシーズンとなってしまいます。

2年目、3年目のシーズンの個人記録はプラスを記録しますが、4年目のシーズンとなる2021-22シーズンは32人中最低スコアとなる₋405.5を記録、チームも₋1256.1ポイントで最下位という成績となってしいます。

2021年12月8日には、A1リーグで最下位となり18年ぶりにA2リーグに降格、タイトル獲得からもしばらく間があいてしまい、スランプがささかれるようになってしまいます。しかし、A2リーグ降格が決まった直後に出場した麻雀最強戦2021で優勝、そして翌年の麻雀最強戦2022でも優勝し、最強戦連覇を果たし、暴君ここにあり、といった活躍をします。

Mリーグ2023-24シーズンが終了し、チーム雷電は8位と終わり、レギュラーシーズン敗退という厳しい結果に終わりました。これまで数々の輝かしい称号を手にしてきた瀬戸熊プロですが、今後はチーム雷電の初優勝やMVPの獲得など、Mリーグの舞台での新たなタイトルの獲得が期待されます。

Mリーグ成績
シーズン個人
スコア
平均
打点
4着
回避率
最高
スコア
半荘数
2023-1.9pt7,9680.70839050024
2022-34.3pt6,4370.83335390024
2021-405.5pt6,9290.52384840021
202057pt7,1600.78136090032
201920.9pt7,3850.78798210033
2018-283.4pt7,1460.60715500028

獲得タイトル

  • 第26期、第27期、第29期 鳳凰位
  • 第28期、第29期、第30期 十段位
  • 第14期 發王位
  • 第13期 チャンピオンズリーグ(※現JPML WRCリーグ)
  • 第32期・第33期 最強位
  • 第16回モンド名人 優勝

瀬戸熊直樹プロの対局動画

麻雀最強戦でクマクマタイム発動

「麻雀最強戦2018 男子プロ代表決定戦 手役の極」の予選、瀬戸熊プロの親で迎えた東4局、クマクマタイムが発動し三連荘を決める、瀬戸熊プロらしい一戦。

奇跡の大逆転で最強位に

初の最強位となった麻雀最強戦2021の決勝戦、2着で迎えたオーラス、トップの宮内こずえプロとは19,000点差、ほぼ宮内プロの最強位で決まりかと、多くの観客が思いましたが、瀬戸熊プロが奇跡的な大逆転のアガりを決めます。

大逆転のトルネードツモ

Mリーグ2022-23シーズン、1月26日の第一試合、瀬戸熊プロは12,700点差のラス目で迎えたオーラス。全員にトップの可能性がある南4局、瀬戸熊プロは見事当り牌をツモり、魂のトルネードツモで華々しく大逆転劇勝利を決めます。

役満・四暗刻

Mリーグ2019-20シーズン、10月26日の第二試合、瀬戸熊プロはMリーグ初となる四暗刻をアガりトップに。これが決め手になり、シーズン初勝利を飾ります。

盟友・多井プロが瀬戸熊プロを語る

Mリーグ2019-20シーズン、11月7日に行われた第一試合、この試合の解説は、渋谷ABEMASの多井隆晴プロが務めます。多井プロと瀬戸熊プロが仲が良く、多井プロが瀬戸熊プロのことを尊敬していることが伝わります。

ドラ単騎待ちの七対子、高打点が望める手に控室も大盛り上がり

Mリーグ2023-24シーズン、10月24日に開催された第一試合、瀬戸熊プロはドラ単騎の七対子をテンパイしリーチ、その後、赤坂ドリブンズ・渡辺太プロが三面張の追っかけリーチ、熱いめくり合いとなりますが、瀬戸熊プロが勝利します。雷電の控室の状況が見れるTEAM雷電のプレイミアムライブからの切り抜き動画です。

まとめ

瀬戸熊直樹プロと言えば、鳳凰位を三度獲得、十段位三連覇、最強戦連覇といった、Mリーガーの中でもトップクラスの実績を持っている麻雀プロです。麻雀にストイックに向き合うカッコいい姿と、ちょっと恐妻家な普段の姿とのギャップも人気があります。Mリーグの舞台では、少し苦戦している印象が強いですが、暴君の実力はまだまだこんなものではないはずです、チーム初の優勝に導き、新たな称号を手にする活躍に期待したいです。

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