鈴木大介 麻雀と将棋の二刀流のオールドルーキー
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鈴木大介 麻雀と将棋の二刀流のオールドルーキー

鈴木大介プロは、プロ棋士として将棋界でも有名な棋士でしたが、麻雀界でも、著名人代表として麻雀最強戦に出場し、最強位を獲得したこともあるほどで、アマチュア雀士の強豪として知られていました。2023年に日本プロ麻雀連盟に入会、プロ棋士としての活動を行いながら、麻雀プロとして活動を開始することが発表され、史上初の将棋と麻雀の二刀流プレイヤーとなりました。麻雀プロになった直後に、2023年-24シーズン新規加入するのBEAST Japanextからドラフト指名され、Mリーガーにもなり、多くの注目を集めました、鈴木大介プロについてご紹介します。

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プロ棋士でありプロ雀士である鈴木大介プロについて

プロフィール

  • 名前:鈴木 大介(すずき だいすけ)
  • 生年月日:1974年7月11日
  • 出身:東京都町田市
  • 血液型:A型
  • 好きな物:競馬、囲碁、ゴルフ
  • 所属団体:日本プロ麻雀連盟
  • Mリーグチーム:BEAST Japanext
  • X(旧Twitter):@Dsuke_213
  • YouTubeチャンネル:二刀流・鈴木大介【 Dの流儀 】

鈴木大介プロは麻雀最強戦に出場していた時から"剛腕サウスポー"というキャッチフレーズがついており、Mリーグに参戦してからは、"二刀流ブルドーザー"という名称も使われるようになりました。

2006年から2014年まで「週刊ヤングジャンプ」で連載され、2008年にテレビドラマ化もされた漫画「ハチワンダイバー」では、将棋監修を務めています。また、作中登場する主人公の師匠「鈴木八段」は鈴木大介プロがモデルとなっています。

また、プロ棋士である先崎学九段のうつ病の発症から回復までの経験をつづった書籍「うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間」が原作となった、NHK BSプレミアムで2020年12月20日に放送されたテレビドラマ「うつ病九段」では、鈴木大介プロ役を宇梶剛士さんが演じています。

麻雀プロになった後、2023年6月からXとYouTubeチャンネルを開設、YouTubeチャンネルではMリーグの牌譜検討はもちろん、他のチームメイトとの配信や、麻雀だけでなく将棋関連の動画もあり、麻雀ファンと将棋ファンに向け、積極的な発信を行っています。

棋士としての鈴木大介プロ

鈴木大介プロは、日本将棋連盟に所属し、九段の段位を持つ現役のプロ棋士でもあります。

1994年10月1日、二十歳の時に四段となりプロ棋士となりました。将棋界ではプロを目指すには師匠が必要であり、鈴木大介プロにとって、2017年に亡くなられた大内延介九段が鈴木大介プロの棋士としての師匠です。そして、鈴木大介プロの弟子には梶浦宏孝七段がいます。鈴木大介プロは梶浦宏孝七段の事をかじーと呼び、共に将棋連盟の囲碁部に所属しています。

1996年度の第15回早指し新鋭戦、1999年度の第49回NHK杯戦で優勝した経験を持ちます。惜しくも敗れてしまいましたが、1999年度に第12期竜王に挑戦、2006年度に第77期棋聖に挑戦した実績を持ち、また、1996年度に第24回勝率第一位賞・連勝賞・新人賞を獲得、1999年度に第27回敢闘賞、2004年度に第32回升田幸三賞を受賞するなど、輝かしい実績を残しています。

2017年5月29日~2023年6月9日の間、日本将棋連盟常務理事を務めていました。棋士としての多くの実績を残し、将棋界の立場も高い、将棋界の大物が麻雀プロになり、これからどんな成績を残していくのか、多くの麻雀ファンや将棋ファンから注目を集めています。

麻雀最強戦の実績

麻雀プロになる前からアマチュア雀士の強豪として知られていましたが、その名を広く知らしたのは麻雀最強戦での実績でした。

  • 麻雀最強戦2018 "著名人代表決定戦 技術の剣"(決勝戦敗退)
  • 麻雀最強戦2019 "著名人代表決定戦 熱" 優勝、ファイナル進出、第30期最強位
  • 麻雀最強戦2020 ファイナル ベスト16(前年最強位を獲得したためファイナルから出場)
  • 麻雀最強戦2021 "著名人最強決戦" 優勝、ファイナル進出、ベスト16
  • 麻雀最強戦2022 "男子プロ王者の帰還" 優勝、ファイナル進出、第2位
  • 麻雀最強戦2023 "最強レジェンド決戦" 優勝、ファイナル進出、第3位

    2018年から2023年の5年間連続でファイナル進出を果たしており、2019年にはアマチュアながら優勝、第30期最強位に輝きました。

    麻雀最強戦は短期決戦のトーナメント戦で勝ち残るルールであり、実力だけでなく、運や勝負強さが勝敗を左右する大会です。やはり、プロ棋士としての多くの修羅場を経験してきた経歴が活きているんだろうかと感じるほど、麻雀最強線の舞台で、アマチュア時代から素晴らしい実績を残しています。

    雀鬼流

    鈴木大介プロは、11歳で奨励会に入会した後にスランプに陥った時に、地元町田にある雀鬼流道場である雀荘「牌の音」へ通うようになり、雀鬼・桜井章一氏と出会い、麻雀を覚えました。

    桜井章一氏は、かつて新宿の雀荘を中心に麻雀の代打ち稼業を行い、20年間無敗という伝説を持ち"雀鬼"という名前で呼ばれ、代打ち稼業を引退後にはメディアに出るようになり、漫画やVシネでその人生が描かれ、世間に名前が知られるようになりました。桜井章一氏は雀鬼会と呼ばれる団体を作り、雀鬼会のメンバーは、桜井氏独自の人生哲学や麻雀哲学が元になった"雀鬼流"という麻雀の打ち方を打ちます。「牌の音」は、雀鬼会の本拠地であり、雀鬼会が結成してまだ間もない頃、少年時代の鈴木大介プロは牌の音へ通っていました。

    その後、厳しかった父親に雀荘に行っている事がばれ、形式上破門という形をとり、それから雀荘「牌の音」へは通わないようになります。鈴木大介プロにとって、麻雀の始まりが雀鬼流であったため、打牌速度の速さなどにその影響が表れています。

    Mリーグでも、多くの人が字牌を切るであろう場面で、鈴木大介プロは字牌を切らず、8筒を切り、多くの議論を呼びました。字牌を切らなかったのは、雀鬼流は第一打に字牌を切らないという決まりがあるため、鈴木大介プロは字牌を切らなかったと思われていましたが、本人曰く、雀鬼流の決まりが関係していたわけでなく、自分のビジョンにあわなかったから8筒を切っただけであって、昔から第一打に字牌は打つと話しています。(YouTubeチャンネル麻雀遊戯王「【麻雀遊戯BAR】プライベート話からあの話題に発展?第一打に字牌を切らなかった真相とは」より)

    今でも鈴木大介プロは桜井章一氏のことを尊敬していますが、十代後半から二十歳の若いころに雀鬼会に通い、形式上ではありますが破門という形で雀鬼流を去ったため、麻雀の全てが雀鬼流の決まりに沿って打つということはないように思われます。

    破門から電話で話すことはあったそうですが、しばらくゆっくりと話すことはなく、「牌の音」にも訪れることも長らくなかったそうですが、Mリーガーになったことが決まった後、2023年9月10日、30数年ぶりに桜井章一氏から呼び出され再会しました。

    その様子が、YouTubeチャンネル「二刀流・鈴木大介【 Dの流儀 】」で配信されています。

    鈴木大介プロが破門になった時の事やその時桜井章一氏がどう思っていたか、といったことが垣間見れます。そして、桜井章一氏や先輩たちも鈴木大介プロのことをずっと気にかけていて、Mリーガーとなった鈴木大介プロのことを応援してくれているそうです。雀鬼会、桜井章一と言えば、少し怖いイメージがありますが、鈴木大介プロを通して、少しその印象が変わる動画となっています。

    お父さんはアニメーターの鈴木康彦氏

    鈴木大介プロのお父さんである、鈴木康彦(すずき やすひこ)氏は、アニメ制作会社を経営しており、アニメーターとして、無敵超人ザンボット3の作画監督やNHKの音楽番組「みんなのうた」「おかあさんといっしょ」などのアニメーションを制作した人物です。

    鈴木康彦氏は、将棋好きで、将棋雑誌の挿絵を担当しました。鈴木大介プロの将棋の師匠である大内延介氏と親交があり、大介という名前も大内延介氏の名前から大と介を取り名付けられました。鈴木大介プロが棋士になったのも、お父さんのスパルタ教育が影響しており、手に職をつけるべきというお父さんの考えの元、幼い時から好きでもなかった将棋を半強制的に勉強することになり、プロの棋士となりました。

    しかし、鈴木大介プロは大人になった今では、父親のやさしさを感じていると語ります。鈴木大介プロは、実の父である鈴木康彦氏、麻雀の師匠・桜井章一氏、将棋の師匠・大内延介氏を三人の父親と表現しており、実の父親と二人の師匠へ敬意と感謝を著書やインタビューの中で述べています。

    二刀流ブルドーザー、鈴木大介プロの経歴

    麻雀プロでありプロ棋士でもある鈴木大介プロの経歴についてご紹介します。

    父親のスパルタ教育でプロ棋士に

    小学校の時の鈴木大介プロは、水泳、英会話、リトルリーグといった習い事をしていて、将棋や麻雀が特別好きだったわけではありませんでした。しかし、転機となったのは、小学校三年生の8歳の時、父親からそろそろ手に職をつけないといけない、と告げられます。当時、鈴木大介プロは1軍から4軍まであるリトルリーグチームの2軍の補欠でしたが、一番好きだったのは野球であったため、プロ野球選手を目指すと答えます。しかし、お父さんはプロ野球選手になるのが難しいかという事を説明し、将棋の道も狭き門だけども、そっちの方がまだ可能性があるという話をし、野球か将棋か選べと告げられます。

    将棋を好きでも嫌いでもなかった鈴木大介プロですが、将棋を選びました。大内延介氏と親交のあったお父さんなので、将棋の道に進んでほしい気持ちも強かったのだと思います。この時から鈴木大介プロは、全ての習い事を辞めさせられ、将棋のルールを知らないところから、将棋の勉強を始め、プロを目指ようになります。早朝と放課後から夜遅くまで、毎日10時間以上の将棋の勉強に費やします。

    子供ながらも、遊ぶこともなく毎日将棋の猛特訓に打ち込み、手に職をつけるために始めた将棋であったため、当時は面白いと思ったことがなかったそうです。

    プロの棋士を目指すことになった少年時代に、鈴木大介プロはそれが縁で麻雀とも出会うことになります。

    お父さんの口利きで、中央大学の将棋部に9歳から14歳ぐらいの間、将棋の勉強のため入れさせてもらうことになります。その将棋部で、毎年行われる夏合宿で、大学生たちが夜麻雀をやっているので、あまりルールもわからずそれに参加して、初めて麻雀と関りを持つようになります。毎日将棋漬けだった日々の中で、麻雀で遊ぶのがつかの間の楽しみになったそうです。

    鈴木大介プロが小学校5年生だった1986年に第11回小学生名人戦で優勝、その結果、プロ棋士になるための養成機関である奨励会に入るための一次試験が免除になり、当時最年少の11歳10か月で奨励会に入会します。

    プロの棋士として認められるのは、奨励会に入り26歳になるまで四段まで昇段するとが条件であり、鈴木大介プロは奨励会に入会後、13歳で初段となり順調に昇段していきましたが、ここで初めて壁にぶち当たります。

    1987年、昇段の制度が変わり、今まで廃止されていた"三段リーグ"という制度が復活します。これにより、半年に2人、年間で4人しか四段になれないという決まりになり、鈴木大介プロはこの制度の変更を重く受け止めてしまい、反抗期や周りが辞めていくことも影響し、やる気をなくしてしまいます。

    初段に昇段してから4年間、将棋の勉強をさぼるようになってしまいます。その期間に雀鬼会の道場「牌の音」へ通うようになり、雀鬼・桜井章一氏と出会います。

    雀鬼会から離れ、将棋に専念

    麻雀にのめりこみ将棋の勉強がおろそかになっていた鈴木大介プロですが、仕事で頻繁に海外に行っていたお父さんに、とうとうこのことがばれてしまいます。将棋のスパルタ教育を施していたお父さんですから、当然このことを許すわけがありません。

    お父さんは桜井章一氏と電話で2,3時間話し合いが行われ、その結果、鈴木大介プロは形式上破門という形をとることになります。この時、桜井章一氏は「お前は将棋を頑張れ、早く一人前になって俺の前に顔を出せ、それまでは破門だ」という言葉を鈴木大介プロに残します。

    鈴木大介プロは、これをきっかけに奮起し再び将棋の猛勉強を始め、1994年、20歳の時に四段に昇段、プロ棋士となります。厳しかったお父さんもとても喜び、それ以降は優しくなったそうです。アマチュア時代は面白いと思わなかった将棋も、不思議と将棋も面白くなっていったそうです。

    プロ棋士となった後、桜井章一氏に挨拶に行きますが、かつて鈴木大介プロが通っていた時と雀鬼流の雰囲気が変わったと感じたそうです。かつては牧歌的な雰囲気を感じていたそうですが、字牌を切ってペナルティや、順位をつけたり、雀鬼四天王が出てきたり、自分が思っていた雀鬼流との変化を感じ、雀鬼会は引退。それでも年に1,2回、電話で桜井章一氏と話すこともあり、心の師匠であると語ります。

    四段となりプロ棋士になった後は、麻雀からは離れることになり、将棋の方に集中していくことになります。23歳の時に結婚、娘さんも生まれ、竜王挑戦、順位戦A級昇級と順調にキャリアを重ねていきます。

    30歳を過ぎたあたりで、年下ながらも永瀬拓矢九段の将棋に対する姿勢に影響を受け、1日10時間近く将棋の勉強をして、タイトル獲得を目指しますが、なかなか成績が上がらず、2017年5月29日より日本将棋連盟常務理事を務めることになり、裏方として将棋界へ貢献するようになります。

    しばらく牌を触ることはなかったそうですが、2018年に麻雀最強戦の著名人代表大会に初出場、ここでは決勝戦で漫画家・片山まさゆき氏に敗れて2着となりますが、翌年2019年はファイナル進出、そして他の麻雀プロを抑え最強位となります。

    麻雀最強戦に出場したことにより、かつて雀鬼流道場「牌の音」に通っていた頃の知り合いであった、サイバーエージェント社長・藤田晋氏と数十年ぶりに再会することになります。再開した時は藤田氏がサイバーエージェントの社長になっていることも、サイバーエージェントという会社も鈴木大介プロは知らなかったそうです。しかし、この再会が縁となり、鈴木大介プロが担当者となりAbemaTVの将棋チャンネルが設立することになります。

    鈴木大介プロの自伝「将棋と麻雀。頭脳戦の二刀流 49歳からの私の挑戦」の中で、娘さんが難病におかされ、闘病の末、16歳で亡くなられたことが、初めて明かされました。闘病中の苦しい心の内や、どのようにその悲しみから立ち直っていったかがつづられています。

    麻雀プロになり、Mリーガーに

    日本将棋連盟常務理事を3期6年勤め、2023年6月9日に辞職しました。鈴木大介プロは、理事を辞めたら、麻雀最強戦のアマチュア部門の地方予選に旅行がてら出たりして、趣味の麻雀を楽しもうという考えを持っていました。

    しかし、2023年の3月、日本プロ麻雀連盟所属のレジェンドプロから鈴木大介プロへ直接連絡があり、プロになりませんか、という打診を受けます。今まで、そういった話はあったそうですが、それまでは断っていたけれど、尊敬する麻雀プロからの打診であったため、少し心が動いたそうです。

    奥さんに相談すると、「暇だし好きならやってみれば、麻雀で旅行に行きたいって言ってたんだし、どうせ麻雀で時間使うなら、プロになればいいじゃん」と、予期してなかった言葉が返ってきたため、さらに麻雀プロになる方向へ心が動きます。(鈴木大介プロの人生年表-雀鬼会破門~Mリーガーになるまで-【麻雀遊戯ヒストリー】[後編]より)

    そして、4月に森山会長とメディア対策部長である黒木真生プロと会談、連盟入りが決まります。そして、5月5日、日本プロ麻雀連盟入りが発表されます。6月5日には、雀士としての段位は五段、リーグ戦はB2リーグからのスタートという待遇になることが発表されました。

    その直後、6月30日に行われたMリーグドラフト会議で、新参入のBEAST Japanextからドラフト1巡目3番目で指名を受けます。

    麻雀プロがドラフト直前であったため、萩原聖人プロがMリーグ入りをするために日本麻雀連盟に入ったのと同じように、鈴木大介プロもMリーグ入りのための連盟入りかと考える声もありましたが、決してそういうわけでなく、事前に獲得の交渉はなかったそうです。

    知名度もあるので、いつかMリーグ入りの声はかかるとは思っていたようですが、このタイミングでのドラフト指名は本人にとっても予期しないものでした。将棋の対局のスケジュールとの兼ね合わせもあり、将棋連盟が許可しない可能性もあるので、指名を断るという考えもあったそうです。しかし、対局の日程を作る営業部長が麻雀好きでMリーグも見ている人だったため、応援するので挑戦してくださいという声をかけてもらい、将棋連盟は鈴木大介プロのMリーグ入りを承諾、無事BEAST Japanext入りが決まりました。

    参加1年目となる日本プロ麻雀連盟のリーグ戦は、B2リーグからB1リーグに昇格を決めました。また、Mリーグの1年目は、シーズン序盤なかなか苦戦する場面が多く、個人スコアも-97.2点で26人中24位という結果で、BEAST Japanextも7位となりセミファイナルを逃す悔しい結果となりました。しかし、個人最高スコアは84,400点で全体3位という好記録を記録し、鈴木大介プロらしい得点力の高い麻雀でチームを牽引しました。

    鈴木大介プロの対局動画

    麻雀最強戦2019「著名人代表決定戦 熱」

    2019年、初のファイナル進出を決めた「著名人代表決定戦 熱」、女優の水崎綾女さん、俳優の金子昇さん、お笑いコンビ・トレンディエンジェルのたかしさんを相手に戦った決勝戦、オーラス。自らアガり、ファイナルに進むのが鈴木大介プロらしい一局です。

    麻雀最強戦2019 ファイナル

    鈴木大介プロが最強位に輝いた麻雀最強戦2019のオーラス。最高位戦日本プロ麻雀協会所属の金子正輝プロ、近藤誠一プロ、日本プロ麻雀協会所属の堀慎吾プロという、トップクラスの麻雀プロと同卓し、ドラを切り攻める姿勢を最後まで見せ、見事なアガりを決め、最強位の座をもぎ取ります。

    麻雀最強戦2019ファイナル試合後のインタビュー、同卓した3名以外にも、解説陣も認める鈴木大介プロの強さでした。鈴木大介プロは、「麻雀を楽しめました。オリて守るよりノビノビ打ったほうがいいかなと思って打っていたら、うまくいきました」とコメントを残しました。

    インパクト抜群のMリーグデビュー戦

    Mリーグ2023-24、開幕初日となる9月18日の2戦目、結果的にこの日は3着になりますが、鈴木大介プロらしい強気で攻める麻雀を披露し、麻雀ファンに強烈なインパクトを与えます。

    Mリーグ初勝利の試合からの一局

    鈴木大介プロにとって三試合目の出場となる、Mリーグ2023-24レギュラーシーズン、10月2日の第1試合、結果的にこの試合鈴木大介プロはMリーグ初勝利を手にします。東二局、自身の親で高めをツモり、裏も乗って8,000オールを決めます。しかし、当り牌を何度も手にするが振り込まない渡辺太プロも凄く、トッププロ同士の一局です。

    二刀流ブルドーザーらしい攻めの麻雀

    Mリーグレギュラーシーズン、12月22日の第1試合、南二局で二位以下に大きく差をつけるトップ目、多井隆晴プロは序盤にリーチをするが、鈴木大介プロの手は徐々に育っていき、次々と赤牌を引き打点も高くなっていきます。そして、無情にも多井プロが当り牌をつかんでしまう、麻雀の恐ろしさを感じる一局です。

    まとめ

    将棋の世界でも超一流の棋士で、アマチュア時代から麻雀最強戦で活躍するなどアマチュアの強豪として知られる存在であった、鈴木大介プロですが、麻雀と将棋の二刀流で49歳のオールドルーキーとして麻雀プロとなりました。麻雀プロになるにあたって「将棋界と麻雀界の架け橋になりたい」と語っていた鈴木大介プロですが、Mリーガーにもなり、麻雀界でも大活躍で、その言葉通りの架け橋としての役割を果たしているように思えます。現時点では、麻雀プロになったばかりですが、これから先、攻め中心の個性的な魅せる麻雀で、更に観客を沸かす対局を見せ、麻雀ファンだけでなく将棋ファンや新たな層を引き込むような活躍に期待です。

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