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渡辺洋香 女流雀士の第一人者、ヨーコ会長について

渡辺洋香(わたなべ ようこ)プロは、最高位戦日本プロ麻雀協会所属の麻雀プロです。人気漫画『だめんず・うぉ〜か〜』に登場する「ヨーコ会長」のモデルになった人としてご存知の方も多いかもしれません。渡辺洋香プロは、今となっては一般的になった女流麻雀プロという存在が広く認知される以前から活躍している、女流の先駆者的存在の一人です。女流プロのパイオニア、ヨーコ会長についてご紹介したいと思います。

目次

 


1.渡辺洋香について

渡辺洋香(わたなべ ようこ)プロは最高位戦日本プロ麻雀協会所属の女流プロです。人気漫画『だめんず・うぉ〜か〜』に登場する「ヨーコ会長」のモデルになった人として知られていて、女流麻雀プロの先駆け的存在でもある人です。

プロフィール

  • 生年月日:2月1日(生まれた年は非公表)
  • 出身地:大分県
  • 血液型:B型
  • 身長:153センチ
  • スリーサイズ:B82、W56、H82
  • 趣味:読書、ゲーム
  • 所属:最高位戦日本プロ麻雀協会

渡辺洋香プロは1997年に第22期生として最高位戦日本プロ麻雀協会に入会し、麻雀プロとしてデビューしました。当時は女流プロという存在は確立されていない時代でした。日本プロ麻雀連盟所属の清水香織(しみず かおり)プロや、二階堂亜樹(にかいどう あき)プロ、二階堂瑠美(にかいどう るみ)プロが、渡辺洋香プロと同じ時期にデビューしていました。今となってはたくさんの女流麻雀プロが活躍していますが、当時は数えられる程度でした。渡辺洋香プロは、そういった女流麻雀プロ創世記にデビューし、後の女流プロブームの先駆け的な存在なのです。

漫画家であり、友人の倉田 真由美(くらた まゆみ)氏が週刊誌「SPA」で連載していた人気漫画『だめんず・うぉ〜か〜』には、渡辺洋香プロをモデルにした「ヨーコ会長」というキャラクターが登場し、渡辺洋香プロも一般的知名度が上がりました。テレビ出演や雑誌などのメディアにも取り上げられ、Vシネマにも出演し、セミヌード写真集を出版したり、タレント的活動を行っていた時期もありました。二階堂姉妹などと同じように、「麻雀プロ」、「女流プロ」といった存在を世間に大きくアピールし、現在の女流プロブームの礎を築くことになります。

現在は、「禁煙雀荘fairy(フェアリー)」を経営していて、雀荘経営にも力を入れており、クリーンで健康的である、マナーがしっかりとした誰も嫌な気持ちにならない、渡辺洋香プロが掲げる「べっぴん麻雀」の普及活動も行っています。

キャッチフレーズは「新宿の妖精」というものがありますが、それは経営している雀荘「fairy(フェアリー)」が新宿にあることから由来しています。また、「ヨーコ会長」のイメージが強いので、こちらもキャッチフレーズとして使われることがあります。

雀士としては、最高位戦日本プロ麻雀協会の女流リーグである、「女流最高位」の初代チャンピオンでもあり、大きな実績を残しています。

「だめんず・うぉ~か~」とは?
漫画家・倉田真由美さんの出生作である漫画で、週刊誌『SPA!』にて2000年6月14日号から2013年4月まで連載されていました。
内容は、「ダメな男(だめんず)ばかりを渡り歩いて行く(好きになってしまう)様な、男を見る目のない女≒男の趣味が悪い女(だめんず・うぉ〜か〜)のダメ男体験談を紹介するノンフィクション。(ウィキペディアより抜粋)」で、作者である倉田真由美さんの相方として、だめんず会の会長、ヨーコ会長として、渡辺洋香プロがモデルとなっているキャラクターが登場していました。「だめんず・うぉ~か~」は、2度のドラマ化、舞台化、アニメ化もされた大人気作品となりました。

最高位戦日本プロ麻雀協会とは?
渡辺洋香プロが所属する最高位戦日本プロ麻雀協会は、麻雀プロ団体の中でも最も歴史が古く、1976年から麻雀専門誌「近代麻雀」(竹書房)主催で開催されていた『最高位戦』という誌上対局が母体になっており、1985年より「近代麻雀」が撤退し、参加選手による自主運営という形になったのが、現在の最高位戦日本プロ麻雀協会になったきっかけです。

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ヨーコ会長の経歴

2003年に出版された「ヨーコ会長の恋愛勝負」という自伝があります。その本を参照に、ヨーコ会長の経歴についてご紹介したいと思います。

渡辺洋香プロは大分県出身で、実家は算盤塾(そろばん塾)を経営していました。裕福じゃなかったけど、仲の良い幸せな家族だった書かれています。しかし、少々複雑な家庭で育ったようです。

22歳年上の兄、20歳年上の姉、そして7歳年上の姉がいて、お母さんは48歳の時に自分を生んだ計算になるそうで、自分の友達の家よりも年を取っている両親が不思議でしょうがなかったそうです。事実を知ったのは、中学校2年生の時。保険証を持って病院に行った時に「養女」と書かれていたのを目にして、友達に保険所の話をしたら、「洋香のお父さんとお母さんが、ホントはおじいちゃんとおばあちゃんなんだよ」と言われ、始めて自分の家族についての事実を知りました。友達も先生も近所の人も本人以外はみんな知っていたそうです。

22歳年上の兄だと思っていた人が、渡辺洋香プロのお父さんだったのです。幼い頃に、渡辺洋香プロの本当の両親は離婚し、最初は実のお母さんが引き取りました。しかし、お母さんがお金がないと言うとお父さんは、こんな金のないところに洋香を置いておけるか、と言って無理やりお母さんから幼き日の洋香プロを奪い取ったけれども、やはりお父さんは自分一人で育てることができず、実家の玄関の前にポンと置き去りにして、それから祖父母の娘として渡辺洋香プロは育てられました。

しかし、そんな実の父を渡辺洋香プロは恨んではおらず、「短気で酒飲み、ギャンブル好きで働いていなくて、借金取りがよく来てだらしない人だったけど、麻雀を教えてくれたりして、優しいお兄さんで大好きだった」と自伝の中で書かれています。実のお母さんは後に再婚し、お母さんも「だめんずうぉ~か~」だったけれど、最後は最高な人と一緒になれた、と語られています。

実家の算盤塾は、幼き頃の渡辺洋香プロにとって大切な居場所であった、と書かれています。教室であり、遊び場でもあり、勉強した思い出はないけど、算数は得意だったと回想しています。こういった子供の頃のエピソード、複雑な家庭環境について決してネガティブに語ることなく、当時の出来事について、ポジティブで明るい表現で語られているところが、渡辺洋香プロの人柄が感じられます。

麻雀を覚えた高校時代

県立高校に進学した渡辺洋香プロは、「だめんず」と「麻雀」という人生を変える二つのものに出会うことになります。

高校に入学して早々、同じクラスにかっこよくて麻雀の上手な気になる男の子がいて、彼に近づきたいために、麻雀仲間に加わり、彼に麻雀を教わって麻雀を覚えることになりました。この男がいわゆる「だめんず」でした!。。いろいろなエピソードが自伝の中で書かれていますが、例えば彼から最後の三元牌を鳴き、大三元をテンパイ、そしてツモアガりで大三元を完成させました。この場合、包(パオ=責任払いのルールで、例えば白、發と鳴いていて最後の中を鳴かせてしまった人が一人で点数を払わないといけないルール)が成立します。責任払いの彼は大激怒しての渡辺洋香を殴りました、流石に渡辺洋香プロも頭にきて別れようと言うと、今度は彼が泣きながら謝るから渡辺洋香プロも許しちゃう。そんな感じの「だめんず」だったわけで、その彼は「ヨーコの寄生虫」というあだ名だったそうです。

渡辺洋香プロは高校時代に「だめんず」に出会い、そして人生を変えることになる「麻雀」に出会ったのです。それも、何だか不思議な縁です。

その彼は三年生の時に中退し、働き出すとすぐに新しい彼女ができて破局。渡辺洋香プロは高校卒業後、エステ業界へ就職するとともに新しい彼もできました。しかし、前の彼氏が現れ、無視をしていると、窓ガラスを割って家に入ってきたりなどストーカー化してきました。そのことから新しい彼とも少しギクシャクしてしまったそうです。そんな最中、一ヶ月間出張で東京に行き、東京の魔力にハマってしまい、会社を辞め、新しい彼と別れ、ストーカーから逃げるように上京るすことに決めました。

皮肉なことに、ターニングポイントには「だめんず」の影がある、ヨーコ会長です。

上京、そして麻雀プロに

東京に上京してからは、高校時代の友人二人が住む2Kの部屋に転がりこみ、原宿の靴屋でアルバイトをして稼いでいたそうです。その頃も、いろいろな雀荘で麻雀を打っていて、一番印象に残っているのは当時は明大前にあった片山まさゆき先生がオーナーの「ミスチョイス」で、まだ片山先生のことを知る前だったそうですが、よく通っていたそうです。

買い物に、バイトに、麻雀に、と充実な生活を送っていたそうですが、この生活を変えるターニングポイントとなる出来事に渡辺洋香プロは遭遇します。

現在は廃刊になっている麻雀漫画雑誌「雀王」が企画した「美少女雀士杯」という大会が開催され、渡辺洋香プロもこの大会に参加しました。女性のみが参加する大会で、当時としては画期的な大会だったそうです。参加者は32名、麻雀慣れしていない子ばかりで、渡辺洋香プロも自分のことを当時は初心者に毛が生えた程度だったと振り返っていますが、この大会で見事優勝。この時、ギャラリーに応援されることや勝てたことが嬉しく、プロ活動に向かう道標になっているそうです。

この「美少女雀士杯」の会場になったのは、開店する前の高田馬場にある「ポリエステル100%」でした。この「ポリエステル100%」は女の子と麻雀が打てる雀荘「ギャル雀」の先駆けとされている伝説の店です。オーナーは最高位戦日本プロ麻雀協会所属の麻雀プロである河本智彦(かわもと ともひこ)プロで、河本氏が「美少女雀士杯」で優勝した渡辺洋香プロを見て強い印象を持ち、「ポリエステル100%」で働くことを誘いました。麻雀が楽しくて仕方ない時期だった渡辺洋香プロは、すぐにOKし、「ポリエステル100%」でメンバーとして働くようになりました。

そうして「ポリエステル100%」で働き始めて二年目くらいに、オーナーの河本智彦プロから「そろそろプロになったら」と言われ、河本智彦プロが所属する最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストを受たそうです。実技審査では、最終戦に海底(ハイテイ)で国士無双をツモり、トップの成績で合格しました。自伝の中では「アガった時は、ホッとしたっていうより、これからプロになるんだって武者震いがした。そう、私の麻雀プロ人生は、国士無双のアガりからスタートしたのだ。」といった言葉でその時の気持ちを表現しています。

「美少女雀士杯」で優勝したことが大きなターニングポイントとなり、「ポリエステル100%」で働き出し、麻雀プロとなりました。あまり知られていないですが、プライベートでは「美少女雀士杯」で優勝する前に、渡辺洋香プロは結婚していました。出会いは合コンで、お医者さんで、かっこよくて、優しい人だったそうです。出会って一ヶ月で一緒に暮らして、三ヶ月で結婚、という電撃結婚でした。しかし、「ポリエステル100%」で働き、麻雀プロになりプロの対局まで入ると、時間がなくなっていき、すれ違うようになってしまい、プロになって半年過ぎた頃に、どちらともなく言い出し別れることになってしまったそうです。

最近のヨーコ会長

麻雀プロになり、当時は数少ない女流プロということでメディアからの注目もかなり大きかったそうです。そして、友人である倉田真由美さんの漫画「だめんず・うぉ~か~」にヨーコ会長として登場。タレント的人気も出て、テレビのバラエティ番組に出演したり、Vシネマに出演したり、セミヌード写真集を出版したり、タレントとして大活躍でした。

しかし、2006年から「禁煙雀荘 fairy」をオープンし、雀荘経営の方にどちらかというと力を入れているようです。もちろん、競技者としても現役で、所属する最高位戦のリーグ戦や、テレビ対局にも登場しています。2015年には、俳優の眞島秀和さんとの交際が噂されたりしましたが、真相はわかりません。噂の出どころも「2ちゃんねる」なので、なんとも信憑性に欠けるような気もします。しかし、ヨーコ会長もいい男性と出会って、本当の意味で「だめんず・うぉ~か~」卒業、なんてことがあれば幸せだな、と思います。

ブログ・ツイッター

渡辺洋香プロは、ブログ、ツイッターともに使用しています。ブログはあまり頻繁に更新されていませんが、ツイッターは頻繁に更新されています。「禁煙雀荘 fairy」に出勤する日や、他店へのゲスト出演、イベントや大会への出場、といったスケジュールは、ブログ、ツイッターでチェックできます。

ブログ→ヨーコ会長のべっぴんまーじゃん
ツイッター→渡辺洋香(@yo_kokaicho) | Twitter

出版物

  • ヨーコ会長の恋愛勝負(2003年9月10日、文藝春秋)
  • くらたま&ヨーコの恋愛道場~教えて!10人の達人たち~(2004年3月5日、白夜書房、倉田真由美との共著)
  • やさしくわかる麻雀入門―楽しみながら覚えよう!(2004年12月、成美堂出版)

渡辺洋香プロは、「だめんず・うぉ~か~」に登場することで人気や知名度が上昇しタレントとしての活動にも力を入れ、自伝である『ヨーコ会長の恋愛勝負』を出版しました。この記事も大部分をその自伝の内容を参照して書かせていただきました。幼少時代から、麻雀プロになる前の時代、そして麻雀プロになってからの心境について、この本からしか知ることの出来ない内容が書かれています。また、片山まさゆき先生、倉田真由美先生、福本伸行先生、という渡辺洋香プロと縁の深い漫画家さんたちとの対談も掲載されています。

そして、『くらたま&ヨーコの恋愛道場~教えて!10人の達人たち~』は、くらたま&ヨーコ会長のコンビがゲストを交えて恋愛について語るという雑誌「BUBKA」に連載された企画の単行本です。みうらじゅん氏、リリー・フランキー氏といったサブカル界ではお馴染みの人物や、高橋がなり氏や加藤鷹氏といった大人な恋愛の話にはうってつけな人物、ドクター中松氏や江頭2:50氏といった意外な人物、といった方々と恋愛話を中心に対談が繰り広げられます。

『やさしくわかる麻雀入門―楽しみながら覚えよう!』は渡辺洋香プロが監修している初心者向けの麻雀ルール解説本です。

写真集

  • 服を着させてください(2004年9月28日、アスペクト、撮影:野村誠一)

唯一出版された写真集は、なんとセミヌードです。なのでかなりきわどい格好をしてます、服を着させてあげたいです、でもお綺麗です。

ここでは画像は乗せられませんが、気になる方は写真集を購入しましょう!

Vシネマ

  • 女猫雀士 雀奴 闘牌伝説(2003年7月)

ヨーコ会長の唯一の主演作となった作品です、「雀奴」と書いて「ジャンヌ」と読みます。伝説の雀士・桜井章一氏が「雀鬼」というニックネームで知られていて、その女性版ということで「雀奴(ジャンヌ)」という意味のようです。Vシネらしいタイトルですね。

知り合いから頼まれて出演したという経緯だそうですが、撮影も過酷な日程で、演技の経験もなかったのでとても大変だったそうです。その後も「オバカミーコ」の実写版にゲスト出演しています。

ビデオ屋さんで見かけてみたら一度試しにレンタルしてみてはいかがでしょうか?


2.ヨーコ会長の師匠、友人たちについて

師匠・金子正輝(かねこ まさてる)プロ

金子正輝プロは最高位戦日本プロ麻雀協会に所属する、過去4度リーグ戦最高峰のタイトルである「最高位」を獲得したことのあるベテラン雀士です。現最高位戦日本プロ麻雀協会副代表を務め、101競技連盟元理事代表で名誉会員でもある、麻雀界の重鎮の一人なのです。

渡辺洋香プロにとって、金子正輝プロは一人目の師匠だそうです。

麻雀を覚えたての時、阿佐田哲也氏の著書『Aクラス麻雀』を読み、初心者だったのであまり理解できなかったけれど「配牌を見たら、まず三色を探せ」という有名な一文はインプットされ、無意識に三色を狙うようになり、当時はそれで勝てるようになったそうです。しかし、プロになってからはそれがアダとなり、三色を意識するあまり、シャンテン数を疎かにする癖になってしまったそうです。

自己流では限界がある、と感じた渡辺洋香プロは師匠を探していました。そして、最高位戦の対局の後に、金子正輝プロに話しかけられ「三色は自然にできるもんだよ」という言葉をもらったそうです。その言葉で渡辺洋香プロは目から鱗が落ちる想いをして、「何切る」などの考え方を丁寧に教えてもらうようになり、渡辺洋香プロにとって最初の師匠となりました。

しかし、金子正輝プロに教わったのはそれぐらいで、高度な戦術などはあえて教わらなかったそうです。なぜなら、それでは金子正輝プロのコピーになってしまうから。自分は自分の麻雀を確立したい、と思い、渡辺洋香プロは他の師匠を探すようになりました。

師匠・田中健二郎(たなか けんじろう)

渡辺洋香プロにとって2人目の師匠、それが田中健二朗氏です。田中健二郎氏は、いわゆるプロ麻雀団体に所属している「麻雀プロ」ではなく、まだ麻雀団体が設立される以前から「凄腕雀士」として知られ、マスコミが「麻雀プロ」という呼称を始めて使った人物、とされている伝説の人物です。

新聞原稿や、戦術書、エッセイなどを執筆し、強くて書ける人物として麻雀界では知られていましたが、狭い世界である麻雀界の人間関係や駆け引きに嫌気がさし、日本全国を旅して周り、気に入った土地があると雀荘の裏メンとして生計を立てて生活しているそうです。

例えば、優勝の目のない人が田中健二郎氏からのみアガる、誌上対局で田中健二郎氏が以前所属していた団体(プロ団体が出来る前の時代の団体)の人と対局するとはっきりと「敵」という状況になり、3対1という勝負にもなり得ることがあったそうです。そういった麻雀界の世界に嫌気が差してしまったそうです。

田中健二郎氏が現在は廃刊となっている雑誌「プロ麻雀」に「向こう打ち(むこうぶち)」というタイトルのエッセイを連載しており、渡辺洋香プロはそのエッセイを読んでいて、田中健二郎氏のファンでした。そして、著名人が主となって開かれている私設麻雀大会に出場した時に田中健二郎氏に出会い、いきなり「ファンです、弟子にしてください」と頼み、弟子入りしたそうです。それから毎日田中氏から手紙が届くようになり、原稿用紙にびっしりと手書きで書かれていて、多い時では二十枚になるほどだったそうです。

田中健二郎氏のアドバイスはメンタルな部分で、渡辺洋香の雀力向上につながっている、と渡辺洋香プロは話しています。

師匠・足木健(あしき けん)

足木健氏は「武蔵野の鬼」というあだ名を持ち、吉祥寺で「弾飛瑠(ダンヒル)」という雀荘を34年経営し、麻雀界では名の知れた人物です。

2015年3月に残念ながら「弾飛瑠」は閉店してしまいました。しかし、「弾飛瑠」を潰すのはもったいないというお客さんが何人か出資者になって、2015年6月22日に「まーじゃんDice」という、「弾飛瑠」の兄弟店となる雀荘がオープンしました。「まーじゃんDice」は、「弾飛瑠」と同じスタッフが働いていて、「弾飛瑠」で最後まで足木健氏の下で働いていた人物が店長となり、「弾飛瑠」の歴史を今も受け継いでいます。

足木健氏は1945年8月18日生まれで、2015年には70歳になります。『近代麻雀』の取材では、まーじゃんDiceについて、「これからは顔は出すけど、ちょっと手伝わせてもらうって感じです。」と話しています。

足木健氏は、プロに指導するプロといった存在で、トッププロでも自分のフォームを崩すと足木健氏のところに行って、見てもらうそうです。足木健氏は後ろで黙って見ていて、一言二言気づいたことを言って、プロ達は自分のフォームを取り戻すそうです。

渡辺洋香プロは自分のフォームを確立するために、足木健氏に弟子入りしました。渡辺洋香プロはこの三人の師匠に出会い、麻雀プロとして大きく成長し、初のタイトルである「女流最高位」のタイトルを獲得することができました。

足木健氏は多くの有名麻雀プロを育ててきて、佐々木寿人プロや滝沢和典プロも弟子の一人です。また、最高位戦日本プロ麻雀協会に所属する若手人気女流プロ、足木優プロの名前は、師匠である足木健氏の名前から取った雀ネームです。

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※足木健氏の名前の漢字が誤って「建」となっていましたので、2015年10月8日に訂正させていただきました。大変失礼致しました。

師匠であり兄貴分・片山まさゆき

片山まさゆき先生は、麻雀漫画の大御所であり、雀士としても竹書房主催の大会『麻雀最強戦』で優勝した経験もある、麻雀界と繋がりの深い人物の一人です。代表作は、『ぎゅわんぶらあ自己中心派』、『スーパーズガン』、『打姫オバカミーコ』などがあります。当サイトでも漫画を連載しているので、興味がある方は是非ご覧下さい!

渡辺洋香プロにとっては、いろいろ助けてくれる兄貴、といった感じで、空き巣に入れれたら片山まさゆき先生に相談したり、ゴキブリが出たら夜中に電話して呼び出し他の友達を呼んで桃鉄をやったり、なんてことがあったというエピソードや、片山先生も渡辺洋香プロも、あらゆるゲームが好きで、ドイツ発祥のボードゲーム「カタン」やトランプゲームの「ナポレオン」など、いろいろなゲームを「チーム片山」と呼ばれる、片山先生の周辺の若者たちと遊んでいる、といった話が自伝の中で書かれています。

片山まさゆき先生の代表作、『打姫オバカミーコ』の主人公、ミーコは多くの女流プロがモデルとなっているそうですが、渡辺洋香プロもミーコのキャラクターを形成する大きな一部分なんじゃないかと思います。「ミーコ」と「ヨーコ」、名前も似てますしね。

盟友・倉田 真由美(くらた まゆみ)

倉田真由美さんは「くらたま」の愛称で知られる漫画家です。倉田真由美さんの出生作である「だめんず・うぉ~か~」の中で、渡辺洋香プロをモデルとした「ヨーコ会長」が登場、渡辺洋香プロの知名度も一気に上がりました。

倉田真由美さんとの出会いは、河本智彦プロからの紹介で、可愛いし、高学歴だし、漫画家って変わってる人が多いからな~、と思っていた、と自伝の中で書かれていました。敵対ビームを出していたから、倉田真由美さんも悪い印象を持っていたそうです。しかし、麻雀しながら話すようになり、一緒に遊びに行くようになり、とても仲良くなったそうです。

渡辺洋香プロは、麻雀プロになって思ったことは、まず有名になることだ、と思ったそうです。友人である、倉田真由美さんの漫画「だめんず・うぉ~か~」に登場したのも、そういう気持ちがあったからだそうです。だから、「だめんず・うぉ~か~」の中で、”麻雀プロ”のヨーコ会長と紹介されているわけなのです。

「だめんず・うぉ~か~」に登場し、知名度も上がったことによって、世間のやっかみも多かったそうです。特に、2ちゃんねるで誹謗中傷が続き、その中の大部分が身内しかわからない情報も書かれていることから、同業者の嫌がらせがたくさんあったそうです。渡辺洋香プロのタレント的活動をおもしろいと思わなかった人間が麻雀界にたくさんいたんだと思いますが、渡辺洋香プロのこれまでの功績というのは、業界全体が怠けていた麻雀のイメージ向上や麻雀の普及といった、プロとして当然の行動を女性という立場で、始めて率先して勧めていった事だと思います。そのきっかけとなったのが、「だめんず・うぉ~か~」のヨーコ会長というキャラクターなのです。


3.麻雀プロとしての実績

渡辺洋香プロの雀士としての活躍について紹介したいと思います。

ヨーコ会長の雀士としての戦歴

  • 第一回女流最高位(2002年、最高位戦日本プロ麻雀協会の女流リーグ)
  • 第3回μレディースオープン(2011年、麻将連合-μ-主催の他団体、一般人参加可能な女性向けの大会)

渡辺洋香プロの戦歴の中で最も特別なものは、やはり初代女流最高位に輝いた事でしょう。所属団体で始めて女性のみの大会が開かれる少し前、渡辺洋香プロは団体のあり方、プロとしてのあり方に疑問を持って、団体を離れてフリーで活動することを決意していたそうです。そこへ、女流最高位戦が開かれるということで、再び団体へ戻り、優勝以外考えられないという強い決意を持って半年に渡るリーグ戦、そして決勝戦に臨んだそうです。

アマチュア時代に優勝した「美少女雀士杯」がプロになるきっかけになり、「初段女流最高位」というタイトルが、渡辺洋香プロを更に麻雀プロとしてステップアップさせる大きな称号となりました。やはり、そういう大会で勝つことが出来る、そういった力を持っているような気がします。

その後、他団体である麻将連合-μ-主催の大会で優勝しましたが、雀荘経営に力を入れていることもあるのか、タイトルから遠ざかっている時期が長いです。ここらで、ヨーコ会長ここにありといったところを見てみたいとは思います。

「べっぴん麻雀」

ヨーコ会長が掲げる麻雀、それが「べっぴん麻雀」です。

麻雀は強いだけではダメ。打っている相手のことを思いやる気持ちを持たないと、麻雀は楽しくなくなってしまう。それは初心者でもプロでも関係ない大前提なのだ、と話しています。

例えば、キチンと発音する、点棒の受け渡しは細心の注意を払って行う、そういった当たり前のマナーをしっかりやるだけで誰も嫌な気持ちにならない。

それを「べっぴん麻雀」と渡辺洋香プロは名づけました。

「べっぴんさん」という少し古い言葉、「都会的な冷たい美人」というイメージよりも「気立てのいい昔ながらの美人」っていうイメージを渡辺洋香プロは持っていて、みんなが「べっぴん麻雀」を打てばもっと麻雀が流行る、という想いだそうです。

たしかに、麻雀って怖いイメージですし、実際に麻雀を打っていて嫌な感じの人もいますよね。

渡辺洋香プロの師匠たち、田中健二郎氏や足木健氏はマナーを大事にする方です。また、片山まさゆき先生は麻雀関係者の誰とも親しい関係を築いていて敵対する団体、人物はいないと言えるでしょう。マナーや心構えといった部分も、師匠たちに学び影響を受けたように思われます。

女流麻雀界の重鎮にもなってきた渡辺洋香プロを慕う若い女流プロも増えてきました。そして、「べっぴん麻雀」の影響を受け、麻雀のイメージも少しは良くなってきたと思います。もっと先の未来までこの流れが続き、麻雀のイメージが更に良いものになっていれば良いですね。

「禁煙雀荘 fairy(フェアリー)」

新宿 禁煙 麻雀 fairy web site

渡辺洋香プロが2006年2月にオープンした雀荘が「禁煙雀荘 fairy(フェアリー)」です。共同経営者として、日本プロ麻雀協会の杉村えみプロ関わっています。

今となっては、禁煙のレストランや公共施設も増えてきて、禁煙雀荘というジャンルも一般的になってきました。しかし、2006年の時点では、まだタバコを吸える場所は多かったですし、タバコのイメージも強い麻雀、雀荘で禁煙というのもほとんどありませんでした。禁煙雀荘の先駆けとなったのが「フェアリー」です。

昔、「ポリエステル100%」で働いていたときに、タバコの煙がきつくて、喘息のような症状が出て、それ以来タバコが苦手になったことがあり、禁煙雀荘を開くのは長年の夢だったそうです。

新宿駅からも近く、多くの人気女流雀士がゲスト来店し、今となっては繁盛店です。


3.渡辺洋香動画特集

youtubeで見ることが出来る渡辺洋香プロの動画を紹介します。youtubeでは、テレビ対局の映像が多くアップされていたので、渡辺洋香プロのテレビ対局での闘牌シーンをご覧下さい。

第9回 麻雀さんクイーンカップ出場時の紹介VTR

多くの女流雀士が参加する、雀荘グループ「麻雀 さんグループ」が主催していたテレビ対局に出演した時のインタビューです。

第8回 麻雀さんクイーンカップ

2010年に開催された、さんクイーンカップでの対局です。

第9回 麻雀さんクイーンカップ

2011年に開催された、さんクイーンカップでの対局です。

第1回姫ロン杯 麻雀カボ オーロラカップ

プロ16年目の大ベテラン、唯一の最高位戦からの出場、意地を見せつけることができるのか、という一戦です。

第2回姫ロン杯 麻雀さん クイーンカップ

やはり、近年の大会だと大ベテラン・渡辺洋香プロに若手三人が立ち向かう、という対決構成になります。そして「ヨーコ会長」や「初代女流雀王」という呼び名ではなく、「新宿の妖精」というキャッチフレーズが使われています。


4.まとめ

麻雀女流プロ「先駆者としての立役者」であり、「初代女流最高位」であり、「だめんず・うぉ~か~」のヨーコ会長であり、タレントとしての人気を兼ね、そして麻雀プロとしての称号も手にしました。現在は「禁煙雀荘 fairy(フェアリー)」をオープンして、それ以降は雀荘経営の方にも力を入れ、昔のようなタレント的な活動は少し抑えている様子で、「ヨーコ会長」というキャラクターも、少しづつ過去のものになりつつあるかもしれません。しかし、ヨーコ会長は今でもべっぴん麻雀をモットーに、麻雀の普及活動はもちろん、プレイヤーとしてもリーグ戦やテレビ対局にも参加しています。これからも、女流ブームを築いた先駆者として、麻雀界を盛り上げていってくれると期待しています。

麻雀豆腐編集部

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